1960年代、T.P.MILLSはアマチュアゴルファーでした。彼は当時使用していたパターよりもより良い物が作れると考えていました。それがT.P.MILLSパターの始まりです。40年以上もの間、T.P.MILLSはカーボンスチールパターを製作し続け数多くの特徴を残しています。T.P.MILLSの特徴の多くは、他社からも敬意を受け模造され続けています。T.P.MILLSはScotty Cameronの師匠でもあり、今日のゴルフ業界の先駆者になっています。
当時ゴルフクラブの中で、パターが最も安く、簡単に考えられていました。人気のあるモデルのパターを試し、それよりも良い作品を制作し始めました。その作品はプロゴルファーや、アマチュアゴルファーのパッティング向上につながる結果を得ました。しかし、まだ当時は科学的見地からパターを考えられていませんでした。
T.P.MILLSはパターの重量・ロフト等のサイズ・形状にこだわり、すべてを彼自身でデザインをすることで、それらの問題を改善しました。T.P.MILLSにとって特に重要なことはバランスであると考え製作されています。もしあなたがそのT.P.MILLSのハンドメイドパターを持っていれば、事実上世界でたった1つのパターを持っていることに間違いないでしょう。完璧なバランスとフィット感はメジャーチャンピオンシップ、PGAツアーイベントや多くのトップアマチュアトーナメントを勝利に導き、支持されています。そして、アメリカ大統領や、国内外の高官、有名人の間でも愛用され続けています。
今日、T.P.MILLSの会社はT.P.MILLSの息子であるデビットが受け継いでいます。彼の才能と技巧はPGAツアープレイヤーや世界中のアマチュアプレイヤー達に認められ、そしてハンドメイドモデルを使用したプレイヤー達が現在、PGAツアーやヨーロッパの大会で勝利し、ハンドメイドを作り続けるという誇るべき伝統をミルズ親子が守っています。彼らは今日も精度技巧な新しいモデルをデザイン・設計し続けています。
| 2006 | Southern Farm Burear Classic |
|---|---|
| 2005 | Senior PGA Championship Boeing Greater Seatle Championship |
| 2004 | Fed Ex Classic |
| 2003 | Texas Open (Lowest 72 hole score in history of PGA Tour) Champions MasterCard |
| 2002 | BMW Asian Open Pebble Beach Callaway Open PGA Club Professional Championship |
| 2001 | World Match Play Championship Johnny Walker Championship |
| 2000 | Volvo Masters Scottish PGA Championship Prestigious Trophee Lacombe Buick Open Colonial National Invitational Bell South Classic |
| 1999 | German Open Spanish Open Texas Open |




Eisenhower
Gerad Ford
Richard Nixon
Ronald Reagan
GeorgeBush
■デビット・ミルズのインタビュー
伝説のパターデザイナーT.P.ミルズの職人魂を受け継いだ2代目は、美しく高品質なクラシックパターを独自の世界で創作し、新たな試みにチャレンジする。
2代目パターデザイナー、デビット・ミルズの心境に迫った。
Q:父である故TPミルズ氏はパター作りに関して伝説的な人物であり、彼の業績や歴史については、すでに多くのメディアで紹介されていますが、このインタビューではその偉大な仕事を引き継ぎ、2代目としてTPミルズパターを世に送り出し続けているあなたについて焦点を当ててお聞きしたいのです。
幼い時の父の記憶は、いつもゴルフパターを作っていました。父が今の僕と同じくらいの40代の時、パター作りを始めたと思います。その頃私は6歳か7歳で、父のビジネスはまだ小さく、家でパターを作っていましたので、ずっとその姿を見て育ちました。
家族は皆ゴルフをして、僕は子供の時、野球やフットボールをして遊びましたが、家族で楽しむスポーツといえばゴルフで、休日には家族でゴルフコースに出かけたりもしました。
高校ではゴルフチームに入っていい成績を残し、大学もゴルフの奨学金を得て入ることができた。
父のビジネスは順調で、子供の頃よく父の工房で手伝いをしました。最初は掃除などの簡単な仕事でしたが、そのうち鉄材を適当な長さに切ったり、パーツを順番に揃えたりすることも任されて、組み立てはできなくてもクラブ制作に自分も参加しているという気持ちが強かったですね。
10代の終わり頃になると、ホーゼルを曲げたり重要な仕事も任されて、賃金をもらえるようになったときは大変嬉しかった。何しろまだティーンエージャーだったしね。父はパター作りに没頭していて、他の事はなにも頭に無いようだった。
大学卒業を控えて、就職活動をしなければならなくなったけど、ラッキーなことに父親の事業が大きく成長していたので、父の会社に就職することに決めました。ゴルフクラブ作りに関しては、そこから本格的に学び始めました。
その頃父は全米で唯一のパター職人だったと思う。パター専門に、デザインから完成まで、すべて一人の手作業でやっていました。
ピンや他のパターメーカーは、ヘッドをキャスティングして作っていました。後には機械も導入してヘッドを大量生産しましたたが、父はすべて自分の手で最小の器具を使って作りました。その姿を実際に見ていた自分は、とても恵まれた環境にいたと思う。だから私は今でも自分の手でクラブを作ることができる。自分でクラブを作れれば、それを機械に複製させることは簡単だが、機械はデザインを起こすことはできません。父の会社で働くことで、カスタムパターの作り方をマスターできたことは、自分にとってたいへん大きな収穫でした。
その後工房を拡張して、私もフルタイムでパター制作に携わり始めました。
私が20代前半の頃父はすでに60代半ばで、引退準備の時期でした。パター作りは体力的にも大変な仕事でね。そこで私が肉体労働の部分を父に代わって引き受け、父は仕事量を少なくしました。
その頃から私は注文を受けたり、発注主と折衝をしたりする仕事も引き受け、父のビジネスはだんだん私が引き継ぐようになりました。
でもTPミルズの名前は、ブランドネームとして認知度が高かったので、そのままにしました。80年代後半には、私が自分の手で独自のクラブを作り始めました。父はすべての工程とヘッドの仕上がりをチェックし管理しました。こうして時間をかけて私が父の仕事を引き継いでいったのです。
ツアー会場に行くのは父でしたが、次第に私が行くようなりました。ツアープレーヤーの間ではTPミルズの名前と父の顔はとても有名でしたが、私の顔も覚えてもらいたいし、私がパター作りをすることも知ってもらいたかった。
顧客からの注文は、父がそうしたように、パタークラブのスペックを全てノートに書き取りました。まだ、コンピューターがなかった時代です。
良いクラブを作るには、長い年月をかけて技術を磨かなければならない。ラッキーなことに私は「良い物を見る目」を父から引き継いだようで、形態のバランスとか、形の良し悪しを目で判断することができます。だから父に引けを取らないクラブデザインができました。そうして自分のクラブを作り、後にはミズノのクラブもデザインしましたが、それでもTPミルズのブランドネームはそのままに残しました。それだけ有名でしたからね。
自分のラインをデザインしても、TPミルズの名前で製品を市場に出しました。父はすでに全ての仕事から引退していましたが、私は新しいクラブをデザインすると、必ず父に見せて意見を求めました。もっといいものにできるか、何か大事なものを忘れてないかってね。父はよく適切なアドバイスをしてくれました。父のデザインしたパターは今では多くのメーカーが真似しているし、私のデザインも真似されています。これは誇れることです。
私は、プロ仕様のクラシックというシリーズをデザインしましたが、これでトミー・アーマーIIIが世界記録を破りました。20年以上も破られていない4日間257ストロークという記録を出したことは凄いことでした。そんなクラブをデザインできたのはラッキーでしたね。
最近オーバーブレードタイプのニューモデルをデザインしました。これは新しい時代のデザインですが、きっかけは自分用のパターをデザインしてみようと思ったこと。実は僕は右利きから左にゴルフをスイッチしました。オフセットをホーゼルに付けていた時、ロフトの角度が多すぎるのに気がついた。それで左用にホーゼルを付け替えた時に、ロフト角をすこし少なくしました。
その後フィル・ミケルソンから電話がかかってきて、彼用のパターをデザインすることになりました。ミケルソンはパターを打つときに、クラブフェースを前方にプッシュして打っていたので、ロフト角をすこし少なくしたパターを渡しました。
そしたら試合にどんどん勝ち始めたんです。最初は「ビュイック招待」で初めてタイガーを負かした試合で、アトランタ、コロニアルと勝ちを重ねていったんです。そういうことを聞くと嬉しいですね。
今、新しいパターをデザインしています。もうすぐ新しいマレットを出せると思います。今パテントを取っている段階です。
ビジネスはとても良い方向に進んでいます。TPミルズパターに関しては受注量が生産量より多く、もっと生産量を上げようと努力はしていますが、それでもいつも受注が生産を上回っています。日本のユーザーが支持してくれるような製品を作っているところで、日本でも成功することを願っています。
Q:T.P.ミルズ氏が作った最初のパターは、ミリング(削りだし)で作ったのですか?
いや、ミリング技術が完成する以前のことでした。TPミルズといえばミリングと思われますが、信じ難いことに父はもっと原始的な方法、つまりグラインダーを使ってスチールの塊を削って成型しました。最初の頃はミリングなどしていませんでした。60年から70年代初期の頃に父が作ったクラブは、現在レアものとして沢山のコレクターが欲しがっています。すべて手作業で成型されて、機械を使っていなかった。僕も機械を使わずスチールを手で削ってクラブを作ることができます。ミリング跡も見えないし、スタンプもすべて手で押されたものです。
その後父は、手で操作するミリング機を導入しました。今のようにすべて機械が自動的にミリング工程をこなしてくれるものではなく、手で操作するものです。ハンドミルともいうけれど、今でも私はハンドミルを使うことがあります。カスタムメードのものとか、細かい部分は機械ではなく、自分の手で削りだします。そうでないと微妙なバランスが出せないからです。まず自分の手でクラブを仕上げ、それを機械に記憶させて量産します。ニューモデルはすべて先ずは手作りなんです。今ではコンピュターのCADを使って既成のクラブをスキャンして、刻印だけ変えてニューモデルとして出すのが一般的だけど、うちの新製品クラブはすべて手作りです。
Q:あなたの父はいつもオリジナルデザインのパターを作成してきましたね。
ブラックパターを作ったのは父が最初でした。これは黒いオキサイドで作るパターで、どうして父がブラックヘッドを作ったかというと、当時パターはメッキなしのヘッドかクロームメッキのヘッドだった。父は独自の他とは違ったパターを作りたかった。それで白いボールに黒いパターヘッドをあわせるととてもコントラストがいいと思いヘッドを黒にしたところ、すごい人気になりました。それで他メーカーがそれを真似し、大手メーカーでも黒いヘッドのパターが作られました。父は新しいものを導入してはそれを主流に変えていったんです。
Q:パター作りに大切なものは何だと教わりましたか?
一番大切なのはパターのバランスだと言っていました。スィートスポットが正確にフェースにマークしてある事、ワイドフレンジでも大きなホーゼルでもナローフレンジでも、どんな形状のパターでも、とにかくスィートスポットが正確にパターフェースにあることが大事だと。父のパターも私のパターも、使った人はみんなそのバランスの良さに叫喚します。TPミルズパターのヘッドを取り外してティーの先に乗せてみると、正確にバランスがとれているのを実証されるでしょう。パター作りの時にはホーゼルの長さからバックフェースのポケットの深さまで、全ての部分に渡ってバランスを綿密に計算して仕上げます。車のタイヤと一緒で、タイヤのバランスが取れていないと車はスムーズに走らない、パターも同様でパターヘッドがどんな形であろうと、TPミルズのパターはとにかくバランスが正確です。
Q:パターを購入する時にはバランスをチェックするのが大切ということですね。
そういうこと、ヘッドを一度外さないといけないけどね。TPミルズのパターヘッドに十字が記されているところをティーの先で支えると、スイートスポットの位置が正確にわかるはずです。ここがパターのスイートスポットの位置。どんな形のヘッドであろうと、TPミルズパターのスイートスポットはヘッドのど真ん中です。他のメーカーはあまり気にしていないだろうけど、そういう緻密さがTPミルズパターの特徴です。
このフェース上のスイートスポットの位置を教える十字は、トレードマークです。昔ツアープロがスイートスポットの位置が分かるよう目印をつけて欲しいと要望があってつけました。だから昔からこのマークはつけています。ここでボールを打つととても打球感がいいですよ。
Q:パターの仕上がりですが、上質感を意識するよう教わりましたか?
昔父がクラブを作り始めた時は、パターは他のクラブに比べてとても安いものばかりでした。それで高級感のあるパターを作ることを思いつきました。それまでパターなんて、みんないいかげんなものを使っていましたが、今ではパターはクラブセットの中で一番高額なものになっています。父の時代からパターはすべて自分の手で磨いて仕上げています。自分で磨き上げることにより、細かい修正点が見えてきます。自分で作ったクラブは自分で磨いて、全てを自分の手で感じて調整をして、それから使用者に引き渡す。そうすることで完璧なクラブを作ったというに自信が持てるんです。
Q:お父さんがパターを芸術品にまで高めたのですね。
そう、芸術性を取り入れたのは父が最初のパイオニアでしょう。今生産しているパターも、見て美しく流れるようなクラシックな品のある形状のヘッドしかデザインしません。父はパターを使う人がその形に惚れ込むようでなければ、いいパッティングはできないと信じていたんだ。だから今でも機能性に加えて品格のあるラインを保つことがTPミルズのデザインポリシーとなっています。
Q:あなたは、お父さんがデザインしたパターを現代風にリデザインしていますね。
自分のキャリアの中で、現代機材の使い方をマスターできたのはラッキーでした。父のアイデアやデザインをリシェープしてモダンな形にしたものを僕のプロシリーズとして発表しました。もちろんオリジナルのイメージは継承しています。TPミルズからは超デカヘッドとか奇抜なデザインのクラブは出すことはありません。ゴルフビジネスではたくさんのメーカーができては2,3年で消えてゆきます。我々はそんな厳しい業界の中で40年間もビジネスを続けています。細かい所に気を使い、美しい形を保ったデザインがユーザーに支持されたのだと思いますし、TPミルズの独自性も人気の一端でしょう。
Q:ご自身のゴールはどこに置いているのですか?
今新しいパターを開発しているところで、もうすぐ市場に紹介できるはずです。新商品が支持されて、会社がもっと成長すればいいと思っています。新しいことにも挑戦してみたいしね。ミズノとの仕事で、それまで職人サイドで見ていたゴルフビジネスを、マーケティングの視点で見られるようになりました。ますますこの仕事が面白くなってきました。ミズノからはいろいろなことを教わったので、そういう知識を今後のビジネスに反映させたいですね。
当社は2代続いたクラブメーカーで、父のクラブは多くのトーナメントで優勝者を出しましたが、同じトーナメントに、2代目の私が作ったクラブも同じ試合で優勝しています。これは話題性のあることですね。「ビュイック招待」では昔父のクラブを使ってピーター・ジェイコブソンが優勝し、私のクラブを使ったミケルソンも優勝しました。20年後に父のパターで勝ったイベントに、息子の私が作ったパターが優勝するというのは、ゴルフ業界ではめずらしいことですね。
TPミルズは小さいメーカーで、広告を掲載しないから、人から人に評判を呼んでビジネスを保っているメーカーです。でもその評判が信頼を生んで良い広告になっています。
私のクラブはPGAやシニアツアーでも活躍しているけど、他のビックメーカーのように宣伝はしていません。私は父からツアーで勝って実績を見せることが一番の宣伝方法だということを学びました。ニック・プライス、ジェイ・ハース、スコット・ホークなど、みんな弊社のパターを使っていますがあまり知られていません。あまり大口を叩きたくないんです。謙虚に実績で証明するのが、昔からの私達のスタイルなんです。
Q:日本市場にはどんどん紹介して欲しいですよ。
新しいパターを今準備中です。これは父も作ったことの無いクラブ、40年のTPミルズの歴史上初めて作るプラマーネックパター、ピンタイプのパターです。このタイプのパターは市場に出たとたんにものすごい人気となって、いろいろなメーカーが商品を売り出しました。多くの人からプラマーネックタイプのTPミルズパターをデザインして欲しいと言われましたが、父は誰の真似もしないという身上だったのでデザインしませんでした。そこで私がフォージドワンピースのプラマーネックのデザインに挑戦しました。現在PGAツアープロに試打してもらっているますが、なかなか評判がいいですよ。一般には1月のゴルフショーで一市場にお目見えということになるでしょう。
Q:ご自身のオリジナルスタイルを開拓されるということですね。
ピンのスタイルを取り入れるのはネックの部分だけで、ヘッドは完璧なTPミルズです。とてもユニークな組み合わせで、きっとユーザーに気に入られるでしょう。父の時代にはできなかったことを私はチャレンジしてみようと思います。伝統的なTPミルズのスタイルと、近代ゴルフクラブの融合です。楽しみにしていてください。
Q:あなたには8歳の息子さんがいますね、彼にも跡を継がせたいですか?
嬉しい質問ですね。父が40代の始めにこの仕事をスタートした時僕は7歳ぐらいでした。今40代に入った私は8歳の息子がいるけれど、この子が継いでくれれば3代続いたパターメーカーということになります。それでまた同じトーナメントで優勝すれば3世代連続の優勝パターというわけです。これは話題になりますね。今息子は、ゴルフと野球を楽しんでいます。たまに仕事を教えているけど少しは興味を示しているから、将来はクラブデザイナーの道を進むかもしれませんね。
削りだし作業
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刻印作業
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バランス確認作業